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名古屋地方裁判所 昭和29年(行)1号 判決 1957年4月30日

原告 服部泰徳

被告 名古屋東税務署長

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二十七年三月二十五日なした原告の昭和二十六年度分所得税の総所得金額を金二十四万円と更生した決定のうち、金十三万三千六百四十一円を超過する部分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、原告は被告に対し昭和二十六年度分所得税の総所得金額を金十万円として確定申告したところ、被告は昭和二十七年五月二日右金額を金二十四万円に更正決定しこれに対する原告の同年五月三十一日付再調査請求に対し、同年七月十一日却下する旨の決定をした。そこで原告は名古屋国税局長に対し同年八月五日審査の請求をしたが、昭和二十八年十月九日、同月六日付で棄却する旨の決定の通知を受けた。しかしながら、被告の前記更正決定は、原告の昭和二十六年度における総所得金十三万三千六百四十一円をこえる、違法の処分というべきであるから、右超過部分の取消を求める、と陳述し、被告の本案前の抗弁に対し

原告は被告から昭和三十年七月三日を期限とする補正命令を受けたが、当時原告より右補正に必要な書類の提出方を依嘱されていた者が、刑事事件で逮捕されたため、期限に間に合わなかつたが、その後名古屋国税局協議団に提出しており、同協議団は右書類を資料として実体について審査を施行しているのであつて、このことは名吉屋国税局長のした前記審査請求棄却の理由として「原告の提出に係る収支計算書及びその地の証拠書類を調査したところ、再調査決定は相当と認める。」とあることによつても明かなところであるから、被告の右抗弁は理由がない。

次に被告の本案に関する主張事実中、生活費は金十八万円、営業外支出(弟に対する送金)は金三万六千円であると争つたほかは、その余の各項目別金額はいずれも被告主張のとおりであると述べ、以上に、被告の主張していない、借入金債務金六万円を組入差引計算すれば、原告の昭和二十六年度における総所得は金十三万三千六百四十一円となるから、右金額をこえる被告の更正決定は明らかに違法である。と述べた。

被告指定代理人は訴却下の判決を求め、

「被告は原告の昭和二十六年度分所得の確定申告に対し昭和二十七年五月二日更生をなした。原告は、これに対し、同月三十一日付再調査請求書を被告に提出したが、収支計算書その他証拠書類が全然添付されていなかつたので、被告は同年六月二十三日付再調査請求書に対する補正命令と題する書面をもつて、同年七月三日までに所得税法施行規則第四十七条の規定による添付すべき書類の添付をされたい旨の補正命令を発した。しかるに原告は右補正命令の所定期間内に欠陥の補正をしなかつたので、被告は同年七月十一日原告の再調査請求を却下する旨の決定をなしたところ、原告は、これに対し、同年八月五日名古屋国税局長に審査の請求をしたのであるが、同国税局長は、審査の結果、原告は再調査請求において被告から欠陥の補正を命じられながらその補正をしていないのであるから、被告が再調査請求を却下する決定をしたことは全く正当であり、審査の請求は、結局その理由がないに帰するとして、これを棄却したのである。ところで、課税処分に対する不服申立方法につき、所得税法は訴願法の適用を誹除し(所得税法第五十条)、同法第四十八条、第四十九条により再調査請求、審査請求の二段階を経べきことを要求し、右二段階の手続を終えてから、行政訴訟を提起できるものとしている。これは税法に関する事柄が会計学上の特殊な判断を必要とする為、先ずもつて、行政庁に充分な反省考慮の機会を与え是正せしめることを妥当と思料したがためである。従つて再調査請求の期間を徒過した場合、また補正命令に従わなかつたが為、実体に入らずして当該請求を却下された場合には適法な訴願を経ないものとして撲斥せざるを得ない。行政事件訴訟特例法(以下特例法という)にいう訴願の裁決とは、適法になされた場合の規定であることは判例学説の一致するところで、適法な訴願であろうと不適法な訴願であろうと、ともかく訴願の提起がありそれに対する裁決等があれば、そのときから出訴期間を起算すべきものでないことは贅言を尽すまでもないところである。特に、課税処分については原則として二段階の不服申立を尽すべきであり、再調査請求の段階において請求を却下されれば、右却下決定が取消されざる限り、結局適法な訴願を経ないことに帰するのであるから、本件訴訟は不適法として却下を免れない。原告は、名古屋国税局は実体的審査をした、と強調するが、これは原告の誤解に基くものである。というのは、原告提出の甲第一号証(審査決定通知書)によるも、本審査の決定は棄却されている。この結論は、言葉をかえて言えば、被告が原告に対し所得税法施行規則第四十七条に規定する証拠書類を提出されたい旨の補正命令を出したのに、原告がそれを提出しなかつたので、原告の再調査請求を却下したその処置は適法であることを意味するものである。従つて、更正決定に対する審査は、所得税法第四十九条第七項に則り、「みなし棄却」されたものであり実体的審査に入つたことを前提とするものではないのである。原告は、審査の段階において提出した収支計算書その他の書類により、実体的審査がされていると主張するが、審査請求が所得税法第四十九条第六項第一号に該当しない限り、国税局長は、協議団の協議を経なければならないとされているために、本件審査請求を協議団に廻付したにすぎず、また協議団としては再調査決定が正当かどうかを協議判断するとともに再調査決定を取消すことある場合を考慮して原告提出の証拠書類を検討したまでのことであり、実体的審査をした旨の原告主張は誤りである。」と述べ、

本案につき請求棄却の判決を求め、

原告の借入金債務金六万円の主張を否認し、被告は、所得税法第四十六条の二第三項に則り、原告の昭和二十六年度総所得金額を金二十四万円と認定したが、右認定は、左記のとおり、同年度における原告の総所得金二十七万七千百六十一円の範囲内であるから、本件更正決定は適法であり、取消さるべき理由はない。

(1)(イ)昭和二十六年一月一日現在資産 九二、八六六円

内訳

現金     一三、〇〇〇円

預金     五二、八六六円

在庫     二七、〇〇〇円

(ロ)同日現在負債           二四、六〇〇円

内訳

買掛金     三、〇〇〇円

是認未払公課 二一、六〇〇円

(ハ)差引               六八、二六六円

(2)(イ)同年十二月三十一日現在資産 四三六、一四七円

内訳

現金     三三、〇〇〇円

預金     五四、六一一円

在庫     三〇、〇〇〇円

生活費   二〇九、五二〇円

否認公課   一一、一四四円

簡易生命保険  七、八〇二円

営業外支出  九〇、〇〇〇円

(ロ)同日現在負債           九〇、七二〇円

内訳

買掛金     三、五〇〇円

是認未払公課 二七、二二〇円

営業外収入  六〇、〇〇〇円

(ハ)差引              三四五、四二七円

(3)期首期末の差額          二七七、一六一円

証拠<省略>

理由

原告が被告に対し昭和二十六年度分所得金額を金十万円として確定申告したところ、被告が原告主張の更正決定及び却下決定をなし、名古屋国税局長が、原告の審査請求に対し、棄却の決定をしたこと、被告が、右更正決定において、原告の総所得金額を金二十四万円と認定した根拠として主張する、資産増減の各項目の内、原告の昭和二十六年度における生活費、営業外支出(弟に対する送金)を除き、その余の部分の各金額が、すべて被告主張のとおりであることはいずれも当事者間に争いないところである。

そこで、先ず本案前の抗弁につき、按ずるに、原告が前記再調査請求をなすに当り、所得税法第四十八条同法施行規則第四十七条に規定されている証拠書類を添付せず、右の補正命令をうけたのにこれに応じなかつたため、同法第四十八条により却下の決定をうけ、この再調査及び次いで審査の段階を通じ更正決定の実体についての審査は全然されていないのであるから、特例法第二条にいう適法な訴願を経由していないことに帰着し、本件訴訟は不適法として却下さるべきである、と被告は主張する。しかしながら、所得税法施行規則第四十七条において、再調査請求に証拠書類を添付すべきことを要求しているのは、該請求の目的である行政処分(本件では更正決定)の実体について、その当否の判断を円滑になす上に便宜であるという考慮に基因するものと解せられるから、かかる手続上の欠陥は、いわゆる、期間徒過の場合とはその性質、効果に異なるべきものあることは当然であり、だからこそ所得税法は、再調査再審査請求いずれの場合にも、補正命令に関する規定(第四十八条第四項、第四十九条第五項)を設けて前記欠陥の補正を促しその後に再調査、再審査の裁決をなすべきことを所期しているのみならず、右第四十九条第六項によれば、同項一号に該当しないときは再調査の目的となつた処分の当否につき、実体審理をなすべきものとしている(勿論、再調査請求自体に期間徒過の暇疵が存する場合右にいう実体審理を為し得ざることは、明文の規定を欠くが、当然のことである)と解せられる。然らば仮令再調査請求に対し、補正命令に応じなかつたがため、却下決定を受けていても、再審査の段階において証拠書類を提出したときは、これにより行政庁は再調査請求の目的となつた処分自体の当否につき審理裁決をなすべきであり、右裁決があれば特例法第二条にいう、裁決を経たものと解するのが相当である。ところで本件をみるに、原告のなした再調査及び審査請求がいずれも法定期間にされていることは、当事者間に争いないところであり、且つ、成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証、証人月山有弐、鈴木行雄の各証言及び弁論の全趣旨によれば、右審査請求に対し、名古屋国税局長が、被告のなした本件更正決定の実体につき、原告提出の証拠書類その他の資料に基いて、その当否を審査した上、棄却の裁決をしたことが認められ、その後原告が、法定期間内に、本件訴訟を提起するに至つたことは当裁判所に顕著なところであるから、原告は、特例法にいう、裁決を経たものというべきである。

また、被告は、名古屋国税局長が本件に対してなした、審査の裁決は棄却であつて、被告のなした再調査請求却下の決定は、いまだ、取消されていないのであるから、結局原告は適法な訴願を経ていないことに帰し、本訴は却下さるべきである、と主張する。けれども、裁判所は、訴願前置主義の適用をうける行政訴訟が、特例法第二条の要件を具備するや、否やを、職権でも自由に調査判断でき、これら訴訟要件に欠缺がないと認めるときは、申立の範囲内で、訴願裁決の適否に限らず、その目的をなす本来の行政処分の当否を判断できるものと解すべきであるから、到底被告の右主張は採用できない。

そこで、本案につき按ずるに、原告主張の借入金債務金六万円に対する判断は暫く措き、先ず昭和二十六年中における、原告の生活費、営業外支出が被告主張の金額であるか、どうかを考察する。

(1)生活費

成立に争いのない乙第八号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和二十六年中を通じ原告方の家族数は五名であつたことが推認できるから、成立に争いのない乙第七号証(消費実体調査年報)による原告方の月間平均生活費総額は金一万四千五百五十五円となることは明らかであるところ、証人服部菊江(原告妻)は「原告方の同年度における生活費は月間一万五千円であつた」旨供述しているのであるから、前記金一万四千五百五十五円は同年度の名古屋市における一人当り一ケ月生活費金二千九百十一円に五を乗じて算出した統計上の数値にすぎないことに徴し、原告方の昭和二十六年度における年間生活費総額は服部菊江の自認する金一万五千円に十二を乗じた金十八万円である、と認定するを相当とする。もつとも、成立に争いのない乙第五号証(名古屋国税局協議団の原告宛、昭和二十六年度所得税審査に関する照会及びこれに対する回答書)の内、「三」の営業外所得の照会に対する回答として「弟よりの援助(同居)六〇、〇〇〇円」の記載があり、被告が、この弟を含めて、原告方家族数は五名でなく六名であるとし、これと前記乙第七号証の記載を根拠に、その主張の年間生活費金二十万九千五百二十円を算出していることは、被告提出にかかる昭和三十年六月一日付証拠説明書により窺われるところであるけれども、右回答の趣旨は昭和二十六年度における営業外所得の照会事項に対するものであつて、家族数、生活費に関する回答ではないのみならず、右の弟の名前などこれを特定するに足る記載が不完全であり、しかも、証人服部菊江、新谷俊夫の各証言によれば、前記乙第五号証は原告の自筆作成にかかるものでなく、愛知民主商工協会(同協会は、原告その他多くの商工業者から税金の相談をうけ、税法上の各種書類の作成、官庁との交渉などに当つていたものである)の書記が、原告の妻服部菊江から事情をききそれに基いて回答欄に所要事項を記入して作成したものであり、また、同号証中土地売買に関する記載部分は、成立に争いのない乙第十四号証に照らせば、本来記載すべからざるものを記載したものであることが認められ、さらに同書面が名古屋国税局協議団に提出される前に、原告がその記載内容を確認した事情の窺われないことなどにより、右乙第五号証は全面的に信頼の置ける書面ということはできない。然らば右乙第五号証のみでは、原告方の家族数が六名であることを認めしめるには足りず、他にこれを左右すべき証拠はない。

(2)営業外支出(弟に対する送金)

成立に争いのない甲第二号証、証人服部菊江(第一回)、村瀬怜三の各証言によれば、原告の弟、村瀬怜三は昭和二十四年四月より昭和二十八年三月まで北海道大学水産学部漁業学科に在学しその間帰省もせず同大学寄宿舎に入寮していたことが認められるところ、右在学中昭和二十六年度において、村瀬怜三が原告より援助をうけた学資送金額につき、証人服部菊江は一ケ月平均二、三千円であつた旨、また証人村瀬怜三は金三千円位であつた旨それぞれ述べ、さらに村瀬証人は、成立に争いのない乙第十号証(大蔵へ事務官鈴木行雄外一名作成にかかる村瀬怜三の聴取書)に「私は北海道大学水産学部在学中、学資金として兄服部泰徳(原告を指す)より毎年金九万円位の金額を送金して貰つて居りました」と記載されている部分は、右大学在学期聞四ケ年を通じ総額いくら仕送りを受けたか、と問われたものと思い違いをして金九万円と答えたのである、と供述している。けれども、これらの供述部分はいずれも、後記の事情に照らし、輙く措信できない。蓋し、右乙第十号証には行間もなく、且つ、本文に次いで、「読聞せ閲覧させたところ相違ない旨申立て次のとおり署名捺印した」旨の記載があり、末尾に村瀬怜三の署名捺印の存することが認められてその地記載内容に疑わしい点なく、また、前記村瀬証人の錯誤の主張は、この主張のみを以ては、同証人の当時の年令、知能程度並に、仮りに金九万円が在学期間四ケ年を通ずる仕送金総額であるとすれば、平均月額金千八百七十五円となり、証人服部菊江の供述する最低の金二千円にすら満たないこと、を彼此総合すると証人服部菊江、村瀬怜三の前記供述部分はにわかに信用できず、しかも右供述の真実性を補強するに足るみるべき証拠は他に見当らないからである。叙上の事実に徴すれば、昭和二十六年課税年度中において村瀬怜三が原告より学資として送金をうけた金額は前記乙第十号証により、金九万円であることが認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

以上で被告主張の資産増減の各項目に対する判断を了えたわけであるが、原告は、右のほか、負債のうちに組入れられるべきものとして、昭和二十六年十二月末現在において借入金債務金六万円があつた旨主張するから、検討するに、証人服部菊江は「訴外林清隆より同年八月頃及び十一月頃の二回に亘り各金三万円を借用しその後昭和二十八年末、翌二十九年末に金三万円宛返済した」旨供述し、証人林清隆も亦右証言に符節を合するが如く、同一内容の供述をしている。しかしながら、前記乙第五号証の借入金残高回答欄には「なし」と記載されておつて、この借入金の主張は訴訟提起後突如として主張されるに至つたものであることが推認できるのみならず、成立に争いのない乙第六号証によれば、昭和二十六年八月末現在残高金十万一千百八十二円、同年十一月末現在残高金五万四千六百十一円の服部はま名義の東海銀行長塀町支店預入れの預金のあつたことが認められるところ、前記乙第八号証によると、右服部はまは原告の母であつて、原告に扶養されているものであることが認められるから、原告が当時金員の必要に迫られた事情があるならば、母に諮り右銀行預金の払庚をうけることも容易にできたであろうと推測されること、以上の事実を参酌すると、証人服部菊江、林清隆の前記供述部分は措信できず、他に原告の主張を肯認するに足る証拠はない。

然らば、原告の昭和二十六年度におげる総所得金額は被告主張の金二十七万七千百六十一円より被告主張の生活費金二十万九千五百二十円と前認定の生活資金十八万円との差額金二万九千五百二十円を控除した金二十四万六千六百四十一円となるから、本件更正決定は右総所得金額の範囲内でされていることに帰し、結局正当というべきである。

仍つて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 浜田従六 小沢博 山内茂克)

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